人生初の落語 桂福丸「竹の水仙」から学ぶ

こんにちは。悪徳屋根業者は許さない! 「伝統を守る老舗瓦屋4代目」の渡邊です。

先日、私の人生初の落語を聞いてきました。すっごく楽しくて、感銘を受けたので、御紹介したいと思います。

落語家 桂福丸さん

実は桂福丸さんは私の兄である渡邊賢一の中高大学の同級生で大親友なんです。
私も中学生ぐらいのときに一緒に遊んだ記憶がうっすらとあります。

瓦寅は大阪府建築士事務所協会の賛助会員として長年お世話になっているのですが、その新春講演に講師として来られたのが、桂福丸さんだったのです。
桂福丸さんが呼ばれたのも、建築士事務所協会会長であられます安井建築設計事務所の佐野さまが灘高出身であられ、桂福丸さんの先輩であったようです。こんな御縁があるんですねぇ( ゚Д゚)

桂福丸ブログ

桂福丸オフィシャルサイト

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【桂福丸プロフィール』

私立灘中学校・高等学校京都大学法学部卒業。
周りが就職活動をする中、お笑いの世界を目指していたため動じなかった。
バイトをしながら吉本総合芸能学院(通称NSC)に入学するも「漫才」になじめず1年で中退。
なかなか先が見えない中で英語落語と出会った。ペンシルベニア州でMASAOとして公演。
その後、桂福團治2007年1月20日に友人の紹介で出会い、同年2月に福團治に入門。
芸名の名付け親は藤本義一
彼の懸命さと上達の速さは師匠をうならせ、入門からたった1ヶ月(2007年3月9日アプラホ-ル高石)で高座に上がり、「桃太郎」を演じた。
また落語とクラシックを融合した「寄席CLASSIC」を開催。
引用元:Wikipedia

竹の水仙から学んだこと

いきなりまとめ!?って感じですけど、この後死ぬほど長いもので。
暇な人だけこの後も読んで下さいね。

モノの価格は売り手と買い手の価値観の共有で決まる

モノの価格ってそのモノ自体の価値で決まるわけではないって思いました。
竹の水仙自体の価値って竹自体の価格と制作する人件費と販売する人件費ぐらいのものです。
しかし、竹の水仙には300両という値が付き惜しみも無く払う人がいる。

それは竹の水仙を作った人が名の通った名人であり、滅多に作らない竹の水仙というモノに価値があるから。

そして、売り手は自身の作品の価値を持っていて、
買い手は作品の価値を知っていたから。

売り手と買い手の価値観の共有ができていないと300両という値は付くことがなかったということ。

私の立場は売り手です。

買い手の価値観を感じ取れているか。
買い手の価値観を提供できているか。
買い手の価値観を共有できているか。

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そんなことを考えさせられる噺でした。

竹の水仙あらすじ

※私の勝手な解釈や表現が含まれており、実際の話と多少異なる場合がございます(笑)

むかーしむかしのことじゃったぁ~。日本昔話?違うか!?違うね!

ある宿屋にきったない恰好をした宿泊客(以下おっちゃん)がいたそうです。
宿泊費はチェックアウト時という決まりだったのですが、宿屋の亭主は『こいつ怪しいなぁ…金持ってへんのちゃうかぁ…』と思い、「そろそろ清算させてもらえませんか?」と聞きました。
すると、おっちゃんは「いやぁお金持っておりまへんのや。でもな、お金はすぐに作るから心配しなさんな。ところで、この近くに竹やぶはあるか?そこにノコギリを持って着いてきなはれ。」
主人は怪しいなぁ、ノコギリでいかれんちゃうかぁ。と思ったが、お金をもらえな困るので渋々、裏山に行きました。
すると、おっちゃんは主人に竹を切らせ、切った竹を持って部屋に篭りました。
深夜2時頃、ガラッと扉が開いて主人を呼びこう言いました。「玄関先に桶を置いて水をたっぷり入れなはれ。そこにこの竹で作った水仙を浮かべて、横に『売物』と書いておきなはれ。そしたら明日の晩には宿泊費を払えるから。」
主人は『何をぼけたことぬかしとんねん。こんな竹細工が売れるわけないやろう。売れても二束三文にしかならん。でも、金一銭もない言うてるし信じてみるしかあらへんわ。』と肩を落とし言われた通りにして寝ました。

つぼみであった竹の水仙は朝方にはつぼみが割れ、水仙の花が見事に咲きました。
そこに肥後熊本の細川越中守の大名行列が通りかかりました。
越中守は水に浮かぶ竹の水仙を見て、側用人を呼びあの水仙を買い求めてこいと指示しました。
側用人は『こんな竹細工をなんで欲しいんやろ?』と思いながら宿屋の主人に「なんぼでっか?」と聞きました。
値を聞いていなかったのでおっちゃんの部屋に行き、「なんぼで売るねん!越中守さまの側用人が買いに来とるぅ!」
すると、おっちゃんは「200両って言え。」と指示。宿屋の主人はそんな高額言いにくいなぁと思いながらも側用人に伝えました。
側用人はあまりの高額に驚き、「200両やと!?ふざけるな!鼻から指つっこんで奥歯ガタガタいわしたろかっ!」と主人の頭を殴って行ってしまいました。

側用人は本陣で待機されていた越中守に「200両とふっかけられたので、馬鹿にするなと言って帰ってきました。」と報告しました。
すると越中守は「ばかものぉぉぉ~!」と激怒。「あの竹の水仙の価値が分からぬか!すぐにも買い戻して来い!さもなくば切腹を命じる!」

側用人は急いで宿屋へ戻り、主人に「先程は失礼しました(汗)竹の水仙さまを売って下さいませm(_ _)m」
すると主人はさっき頭を殴られたから「300両なら売ってやる。慰謝料コミね♡」
側用人は300両を支払い、走って越中守に持っていったとさ。

主人は走って2階に上がり、おっちゃんに「あんた何者や?竹で作った水仙を越中守が目に付け300両も払うなんて!
ただもんやないはずや。」するとおっちゃんは「私は左勘五郎というもんやけど、なにか。」と。
左勘五郎といえば世にも有名な彫刻名人であった。
主人は左勘五郎に「この宿屋にいつまでも居てくれて結構なので、竹の水仙をたくさん作ってくれないですか?」と聞くと・・・

 

落ちはここに書きませーん!!!

長いこと読んで頂いたのに、すみませんm(_ _)m
落ちはやっぱり寄り席で聞いてもらわないとね。

しかも、噺し家によって落ちの付け方は違うようです。
実際Wikipediaに載ってる落ちと桂福丸さんの落ちも違いましたから。

これから桂福丸さんを応援しようと思います(^^)/

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渡邊智仁

渡邊智仁

代表取締役社長瓦寅工業㈱ 修繕の寅さん
私は昭和56年生まれの酉年で大阪生野の創業100年老舗瓦屋に生まれ育ちました。ずっと大阪にいる生粋の大阪人です。
関西大学卒業後は、瓦ではなくSIに興味を持ち㈱大塚商会のシステム販売営業マンとして7年間頑張りました。が、そろそろ親孝行をしようと思い始め、30歳を契機に瓦業界に飛び込みました。血筋のせいかすぐに瓦業界にも馴染み、営業と現場管理を経験し、今は経営に携わっています。
100年間、まじめにコツコツと建築に携わってきた【経験・知識・実績】】で皆様方の大事な家を守っていきたいと思います。

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